イースト・ビレッジでグラフィックの仕事をしていた頃の話である。いくつかのプロジェクトが重り、特別に忙しい時期だった。朝食を作る余裕もなく、仕事前に3アヴェニュー沿いのサンドウィッチのチェーン店「SUBWAY」 に立ち寄ることが多かった。
私が立ち寄る時間帯は、ちょうど朝のピークが過ぎた頃で、いつも同じインド人の若い女の子が一人で働いていた。彼女がサンドイッチを作っている間、他に見るものもないので、彼女の仕事振りを観察する。20歳前後だろうか、仕事はテキパキとこなしていたが、あまり英語が得意でないようだった。背が低くやせていて、顔立ちは綺麗だが内気で、かたくな印象があった。
私は、注文を考えるのが面倒で、いつも同じもの(フラットブレッドにフォレスト・ハム)をオーダーする。しばらく同じオーダーを繰り返すうち、彼女は「いつもと同じ?」と聞くようになった。会話はなかったが、時々笑顔を見せるようになった。
ある朝、私が店に入っていくと、作業服を着た男が彼女に文句を言っていた。オーダーしたものと違ったのだろうか。詳しい事情はわからない。とにかく彼はサンドウィッチを彼女の前で乱暴に開いて、カウンターの上に残したまま、怒鳴って出て行ったのである。
ニューヨークのようにペースが早く、ストレスの多い街ではこういった客の反応は日常茶飯事だ。だが彼女のニューヨークの経験が浅いとしたら、心が折れる経験になったに違いない。他の客がいる前での話だ。
私はいつものようにオーダーを済ませ、サンドウィッチを受け取り、短く彼女に礼を言って店を出た。そしてその後、私は暫くの間店へ行かなかった。
そしてある朝、久し振りに店に立ち寄った。いつもの彼女がいた。そして私に気づいて「いつもと同じ?」と聞いた。
レストランでのチップは常識だが、チェーンのサンドウィッチ屋ではそこまでチップも期待できないはずだ。クリスマスも近づいていたし、今までお礼をしたこともないので、サンドウィッチを受け取った際、彼女にチップの1ドル札を数枚渡した。
すると彼女は驚いた様子で、何度もお礼を言い、お願いだからこのクッキーを受け取ってほしい、と言った。そしてショーケースからまだ暖かいクッキーを包み、私に手渡した。彼女は私の目を見て言った。
「私、このお店で働くのは今日が最後なの。」
「それは残念だね。明日からは何をするの?」
「まだ私も決めていないの」
彼女と話をするのはこれが初めてだった。彼女は店の外を眩しそうに見た。窓から差し込む朝日が彼女の顔に当たった。
差し込む光にむかって彼女は笑顔を見せた。不思議な笑顔だった。笑顔の中に悲しみとも喜びとも違う何かがあった。
何が彼女の笑顔を不思議なものにさせていたか、その時はわからなかったけれど、その一瞬、彼女の笑顔を美しいと思った。そして彼女のくれたクッキーは驚くくらい美味しかった。
そしてその翌朝「SUBWAY」に寄った私は、店内を覗き込んで私は唖然とした。
店は昨日を最後に閉店していた。その時初めて、私は彼女の不思議な笑顔の意味に気づいたのだ。
テーブルや椅子、看板などがすでに店の片隅に片付けられていたのを見て、胸が痛んだ。この街はいつもこうだ。あの店員と最後の笑顔を時々思い出す。この街のどこかで達者にやっていてほしい。最後に少しでもチップが渡せて良かった。