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Nice to meet you, finally.

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brooklyn Bridge

2002年、ニューヨークに来て3年目。大学院の授業に初めて参加した時のことだ。デジタル・デザイン専攻、最初の授業での質問は「インターフェイスとは何か」だった。

「インターフェイス?」漠然とわかっていたつもりだけれど、それが何かと聞かれるとうまく説明できない、という人も多いのではないか。「インターフェイスは(ウェブサイトの)ホームページのこと」と言う人もいるだろう。

Googleで検索すると、インターフェイスの日本語訳は、「接点」」「境界面」とある。私達と情報の間にあり、その境界面に当たるのがインターフェイスだから、「ホームページ」は納得の答えだ。だが、その訳語が「接点」とは、やや意外な気もする。

当時はブロードバンドがようやく一般家庭に普及し始め、ウェブデザインという職業がもてはやされた頃だ。だが、私が日本から持ってきた辞書には「インターフェイス」という言葉の訳語はなかった。それなのに、その学期は丸々この「インターフェイス」とやらを研究することに費やされるらしい。

私は一気に焦った。こんなに簡単な言葉なのに、意味するところがわかりそうでわからない。当時私が授業で作るプロジェクトは、表面的で大胆なアイデアや切り口に欠けており、コンセプトを深く理解していないことが明らかだった。

インターフェイスとは何か。どういう役割を果たすべきか。これはその後長い間、自分に繰り返し尋ねる質問となった。

ところで、「インターフェイス」という言葉は、デジタルの世界ばかりでなく、人間を表現する際にも使うことができる。ニューヨークに住んで20年が経った今、私は紛れもなく「ニューヨーク、不動産、アート、音楽、LGBTQ 、そして日本との間」にある「インターフェイス」なのである。

世の中が急速に変化して、様々な情報と言葉が飛び交い、「信じる」ことが難しい時代が来た。そして自分の軸がどこにあるかが、これまで以上に大切になった。

そんな時だからこそ、この街で経験したことや出会った人々について、「自分の言葉」で考えを残していこうと思った。

私が授業で作った「インターフェイス」はプロフェッサーに酷評されたが、20年後の今、人と人を繋ぐ「人間のインターフェイス」として是非、意味のある仕事をしたい。

Nice to meet you, finally,

HRS Happyma

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