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「もうひとつのメトロポリタン美術館」〜アートを通じて学ぶLGBTQ Vol. 4 史上最悪のローマ皇帝と呼ばれた第23代ヘリオガバルス

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The Roses of Heliogabalus by Alma-Tadema (1888), oil on canvas.

LGBTQ と世界のアートの接点を紹介するこのコーナー。前回は民衆に愛されたローマ皇帝の一人、ヘドリアヌスを紹介したが、今回は番外編として「史上最悪の皇帝」とよばれた第23代のヘリオガバルス(203年 – 222年)の生涯を紹介したい。番外編となるのは、この油絵がメトロポリタン美術館ではなく、ワシントンD.C.にあるテート美術館に所蔵されているからである。

今回のエピソードは興味深い内容だが、性や暴力描写が過激なので、敏感な方は読むのを初めから控えるか、途中でやめるなりご自分の判断で読み進めて頂きたい。

上の油絵はイギリスに帰化したオランダの画家、ローレンス・アルマ=タデマ による「ヘリオガバルスの薔薇」(1888年)という作品。タデマはその鮮やかな色彩により、ハリウッド映画に多大な影響を与えたと言われるアーティストだ。

この絵は宴に招いた客の上に、ヘリオガバルスが大量の薔薇の花を落とし、 数名の客を窒息死させた「薔薇の処刑」と呼ばれるエピソードを描いたものだ。この絵の左側につまらなそうな顔で横たわっているのがヘリオガバルスである。

ーヘリオガバルスとは誰か

14歳で即位し、18歳で命を落としたヘリオガバルスは数々の歴史家から「史上最低の皇帝」と呼ばれている。歴史家エドワード・ギボンには「醜い欲望と感情に身を委ねた、最悪の暴君」とまで言い捨てられている。まったく持って散々な言われ様だ。この若き皇帝に、いったい何が起きたのか。

彼の人生を理解するために、まずヘリオガバルスが即位するまでの背景を説明したい。皇帝ヘリオバルガスは203年、元老院議員の父親と母親ソエミアスの間に「ウァリウス」という名の男の子として生まれた。良家の子供であった。

時は217年、残虐な性格で知られた先代のローマ皇帝カラカラが失策の上、クーデターにより暗殺される。カラカラには子供がいなかったため、クーデターの首謀者であった隊長マクリヌスが即位し、マクリヌス帝となった。

この混乱の事態をチャンスと考えた人間がいた。ヘリオガバルスの祖母マエサである。マサエではない。大司祭の娘として生まれたマエサは、非常に政治的野心の強いタイプで、政界を司るチャンスを虎視眈々と狙っていた。何としても自分が国の実権を握りたい。そこにひとつのアイデアが浮かんだ。

ー祖母マエサの政治的野心

マエサの娘であり、ヘリオガバルスの母親であるソエミアスは、前皇帝カラカラのいとこにあたり、皇帝家の一員であった。この便利な立場を利用しない手はない。そこでマエサは娘にこう命令する。

「ウァリウス(ヘリオガバルスの本名)はお前と死んだカラカラとの間にできた子供だといえ。お前は皇帝カラカラの妾だった、と世の中に言うんだ」

そしてソエミアスはその言葉に従った。そしてマエサはマクリヌス帝に対する反乱を計画する。孫を皇帝の座に着かせるためなら、手段は厭わない。それがマエサだった。自分の娘が妾と言われ、世の中で蔑まれることになろうと、そんなことはどうでもいいのである。当時14歳のヘリオガバルスは祖母に使われた駒だった。

そしてここからマエサは驚異的な行動力を見せる。次々に兵士や将軍を買収し、反乱軍としての戦力を瞬く間に調達する。金ならいくらでもあった。シリアで起きた反乱の結果、マクリヌス帝は捕らえられ、殺害された。

どうしてマクリヌス帝の軍はそんなにあっさりと負けたのか。抜け目のないマエサが、事前にマクリヌス帝の軍団の一部を買収していたのだ。つまり、マクリヌス帝はマエサの金に裏切られたのである。

ー皇帝ヘリオガバルスの誕生と不安

218年に、ヘリオガバルスはカラカラの子供と元老院に正式に認められ、皇帝に即位する。全ては祖母マエサの計画通りに運んだのであった。

同じ年の冬、ヘリオガバルスが将来みせる凶暴性を予告するかのような事件が起きた。現在のトルコのニコメディアという町に滞在していた時の話である。「皇帝として辛いことに耐え、強くあるように」と諭した家庭教師とトラブルになり、彼を誤って殺してしまったのである。ヘリオガバルスの内側は女だった。皇帝をたくましく育てようとした家庭教師のやり方に、女心を持つヘリオガバルスは耐えられなかったのだと言われる。

一方、祖母マエサも周囲を仰天させる。元老院議員達は議事堂の前にあった女神ウィクトーリア像の前に捧げ物を置く習慣があった。その女神像の前に、マエサは神官のローブを身にまとった等身大のヘリオガバルスの肖像をおいたのである。

誰かが女神に供物をすれば、あたかもそれが神官ヘリオガバルスに捧げられたかのように見える。マエサは堂々とそれを持ち帰った。さすがの悪知恵。というかセコい。ただの供物泥棒じゃないか。このような事情もあり、周りの人間たちのヘリオガバルスへの印象は既に否定的だった。

ヘリオガバルス皇帝の一族はローマを目指す前に、シリアのエメサという町に立ち寄っている。エメサにある神殿には、黒い巨大な円錐形の隕石が祀られており、ヘリオガバルスはなぜか、この巨大な隕石に非常に魅了されていた。

ヘリオガバルスはこの黒い石を、「御神体」として運び出し、ローマへ持ち帰ることを主張する。途中で反乱も経験し、足元が乱れた上に、このような余計なことをさせるものだから、一行のローマ到着は遅れに遅れた。だが219年の秋、遂にヘリオガバルス帝一行はローマに到着したのである。

民衆は新しい皇帝の到着を祝うため、続々と広場へ向かった。その姿を一目拝みたいと願う者の波で群衆はどんどん膨れていった。そして人々は少年皇帝の誇らしい帰還の姿を今か今かと待っていた。

ーヘリオガバルスの一行にローマ市民も仰天

だが近づいてくる皇帝の一行はこれまで見たどんなものとも違う、奇妙で異質なものだった。人々は混乱した。どう反応して良いかわからず民衆はどよめいた。

皇帝の乗った車を引いているのは若い娘たちで、なぜか全員胸をはだけさせている。無数の若い娘たちが、ムスっとした表情のまま、無言で新皇帝を乗せた車を引いてくるのだ。

この時点で既に話は異様である。これは一体、どういう一行なのだ。そして皇帝が鎮座しているべき山車に目を向け、人々は唖然とした。そして笑いたいような、泣きたいような複雑な表情になった。

そこには数え切れないほどのネックレスや腕輪などのアクセサリーをつけ、宝石をちりばめた冠を被った若い細身の女らしき姿があった。錦糸があしらわれた紫色の豪華なガウンを着て、手をヒラヒラ、腰をクネクネと振りながら踊っている。女装したヘリオガバルスだった。

「なんだあれは」

「イケイケギャルだろう」

「なんだかえらい色気があるな。それにしても皇帝はどこなんだ」

「やっ、あれは女じゃないぞ。男が女装してるんだ」

「なんだって。じゃあれが新しい皇帝だというのか」

などというシーシー声がそこいら中で聞こえた。古代ローマの民衆は、風変わりな皇帝には慣れているが、男性には男性らしさが相応に求められた時代だった。ヘリオガバルスの登場にはこれまでにない衝撃があった。民衆の驚愕と失望は想像に難くない。そしてそんなことを全く気にしている気配のないヘリオガバルスだった。

ヘリオガバルスが即位した当初、政治は比較的安定していたらしい。祖母マエサと母親ソエミアスが政治の実権を握っていたからである。女帝のような振る舞いを見せる祖母と母親の前では、ヘリオガバルスは自分の意見をいう事ができなかった。祖母達の絶対的な影響下で育ち、自らの政治的な能力を培う機会がなかったからだった。

ー宗教とヘリオガバルス

ヘリオガバルスとローマ市民の間の溝を深めることとなった、ヘリオガバルスの宗教の方針について触れておきたい。そもそもローマは多神教であり、宗教に寛容であった。戦いを通じて領地が拡大していったため、地方によって違った神を信仰しているのも自然なことだった。

そんな中、ヘリオガバルスは自らの出身地、シリアの太陽神エル・ガバルに神々の中で最も高い地位を与えた。そして自らをエル・ガバルの大神官と宣言した。続いてエル・ガバルの妻として、カピトリヌスの三女神を位置付けた。だが、この動きにはローマ市民は納得いかなかった。

カピトリヌスの三女神の権威を高めることは、ローマ市民にとって、ポエニ戦争以来、長いこと敵対してきた神や神官による支配を意味したからである。同じ国内でも、シリア出身のヘリオガバルスはローマ市民にとって「よそ者」であった。ヘリオガバルスの勝手な行動が、ローマ民衆の神経を逆撫でしていたのである。

ー結婚とヘリオガバルス

ヘリオガバルスは生存中4人と結婚しており、そのうちの3人は女性である。妻達とも性交があったとされ、その点においてはバイセクシャルとも言える。元妻達はヘリオガバルスの性癖は「異常だった」と言葉を残している。またヘリオガバルスが女性と性行をした理由は、女性の体を深く知ることが目的で、そのほうがベッドルームでより女性らしく振る舞えるからだ、という説もある。

ヘリオガバルスの5回目の結婚相手は金髪の奴隷ヒエロクレスだった。ヘリオガバルスは「妻」として付き添い、尽くしたと言われる。皇帝が「奴隷」と結婚。役所係のヒソヒソ話が聞こえてきそうな話ではないか。

ー巫女アクウィエラとの結婚

だが、ヘリオガバルスの2度目の結婚はローマの民衆を激怒させた。二人目の妻となったのは、神ウェスタにつかえる巫女アクウィエラだった。彼女達は聖なる火を絶やさぬという当時の人々にとって神聖な役目を担った存在であった。

巫女達は幼い頃から「神々に身を捧げる」という目的から、神に仕える間は処女を貫く事が決まりとなっている。それが守られなければ、巫女は生き埋めにされ、犯した者は引き回しの上、処刑されるのだ。その大事で神聖な決まりが、訳のわからない男女のようなヨソ者によって破られた。事情を知らないローマ民衆は踏みにじられたような不快感を感じたのである。

ヘリオガバルスは当時にしては珍しく、女性に対して寛容で、尊敬や憧れを持っていたと言われる。彼の内面が女だったことを考えると当然の話かもしれない。ヘリオガバルスは巫女達の置かれた厳しい境遇に同情していた。友達でもあったアクウィエラを救うための結婚だったともいわれる。

だが、ヘリオガバルスはこの事態をこう説明した。『私は皇帝だが神官であり、神でもある。彼女と私が結ばれれば、まるで神のような子供が生まれるであろう。』その屁理屈を聞いた民衆は白目を剥いた。

しかし、世を騒がせたこの結婚も半年後には解消となった。離婚ではなく、解消したのである。

ーエスカレートしていくヘリオガバルスの奇怪な行動

ここいらへんから、ヘリオガバルス皇帝の「奇怪な行為」が人々の間で噂になり始める。政治は一切祖母達に任せきりだった。

「皇帝は公衆浴場に来て、自分は女だと言い張って、女湯に入って、普通にベラベラ話しながら周りの女達と一緒に脱毛して全身ツルツルにしていたらしい」

「酒場で他の女と身の上話しながら涙流してるかと思ったら、好みの男見つけた途端、トイレに入って化粧と金髪のカツラつけて飛び出してきて、売春をはじめた」

ヘリオガバルスの性欲と奇行は日に日にエスカレートしていく。いつしか酒場や売春宿に入り浸り、素性の知れないものを宮廷に連れ込んで、セックスを繰り返した。女装で性に耽溺した。大きなペニスを持つという噂の男性を調べては、宮廷に次から次と呼び出し、情事を楽しんでいた。

ヘリオガバルスは自らのペニスを取り去り、女の体になる方法を真剣に探していた。国内の名医を集め「女の体にしてくれるならいくらでも金を払うわ」と相談した。ある日、高名な医者に会いにいき、憮然とした顔で帰ってきた。やっと自分も女になれると希望を持って会いに行ったのに、代わりに割礼をされたのである。

周囲は笑いを噛み殺すのに大変だった。それを敏感に感じ取ったヘリオガバルスは憤然として、周りのものにも全員、割礼を受ける事を命じたのである。

ー宮殿の一部を売春宿にしてしまうヘリオガバルス

事態は更に悪化した。当時の歴史家であり元老院議員でもあったカッシウス・ディオはこう明かしている。ヘリオガバルスは政治の中枢である宮廷の一部にカーテンを引き、売春宿状態にしたのである。

ヘリオガバルスは売春婦のように女性用の下着を身につけ、カーテンをつかんで部屋の前に立った。ヘリオガバルスは化粧も施し、相当の美貌を持っていた。

そしてカーテンの奥から「お入りよ〜お入りよ〜」と見張りの兵隊を猫撫で声でよびこんだ。宮廷を訪れる男性客らを自らカーテンの奥へ引きずり込む始末だった。

また、気に入った男性の浮気が判明すると、ペニスを切り取り、猛獣に食べさせるなどの奇行もしたらしい。また、ヘリオガバルスは宴の席で、自分が飼い慣らしたライオンやヒョウをに放ち、客が恐れ逃げ惑う様をニヤニヤしながら眺めていたこともあるらしい。

ー太陽神エル・ガバルの神殿でローマの青年を生贄に

そんな中、遂にヘリオガバルスが民衆の堪忍袋の緒を切らせてしまう。先ほど説明したように、ヘリオガバルスはシリアの太陽神、エル・ガバルをローマの中で最高の神と位置付けたが、その後ヘリオガバルスはローマのパラティーノの丘に「ヘリオガバリウム」と呼ばれる宮殿を建て、シリアから持ち運んだ巨大な黒い隕石を御神体として人々に毎日崇拝させていた。

ある日、ヘリオガバルスは素性の知れない謎の女達を引き連れ、神殿ヘリオガバリウムへやってきた。一行は屠殺した動物の血を混ぜたワインを神に捧げ、香を焚いた。女達は楽器を打ち鳴らした。ヘリオガバルスも全裸になり、ペニスを股に挟みながら踊った。彼らのトランス状態が頂点に達した時、ヘリオガバルスはローマ出身の美青年を生贄として殺したのである。

シリア出身の帝王が来て、シリアの神を連れてきた上に、ローマの若者を生贄にしたのである。これには多くの市民が怒りと非難の声を上げた。民衆の怒りと不満は抑えようがない状態まで膨らんでいた。民衆による反乱は時間の問題だった。

ー祖母マエサと近衛隊の裏切り

遂に影の実力者、祖母マエサがエンヤコラと再登場する。ヘリオガバルスの度々の失態を冷ややかな目で見ていたマエサはついに見切りをつける。そして別の孫の一人、アレクサンデルを代わりに後継者に立てることを極秘裏に計画する。その第一歩として、ヘリオガバルスにいとこのアレクサンデルを養子にし、副帝の称号を名乗らせるようそそのかした。

ヘリオガバルスのことは闇に葬るつもりだったのだろうか。祖母マエサの頭にあるのは自分の政治的権力のみであった。自分が政治を操ることさえできるなら、皇帝が誰であろうと、孫に何が起きようと気にもしなかったのである。

いったん養子縁組を承知したヘリオガバルスであったが、自分より年下のアレクサンデルが近衛隊の兵士たちの間で人気が高いのに気づく。それを知ったヘリオガバルスは嫉妬と恐怖で固まった。

男の注目を奪う存在など認めるわけにいかない。急遽養子縁組を解消し、更にアレクサンデルを幽閉してしまう。そしてヘリオガバルスは民衆に「アレクサンデルは死んだ」と嘘を告げたのである。

アレクサンデルの死についてニセの知らせを聞き、近衛隊の兵士隊は激怒した。ヘリオガバルスに対する反乱を起こし、アレクサンデルの生死の確認と、責任を迫った。あまりの反応に恐怖を感じたヘリオガバルスは、慌ててアレクサンデルの生存を発表し、彼を解放した。

アレクサンデルが宮殿から釈放され、近衛団の元へ逃げ込むと、人々は歓声を持って迎え入れた。既に民衆の間には、ヘリオガバルスに対して激しい怒りが溜まっていた。そして多くの兵士達も、指導者としてのヘリオガバルスをとっくに見捨てていた。

これまでヘリオガバルスに仕えた近衛軍は反乱軍となり、立ち上がった。なんと彼らはアレクサンデルを新しい指導者として立て、ヘリオガバルスのいる宮殿へと進軍してきたのである。

ヘリオガバルスは事態が理解できず、混乱した。衣装の詰まったクローゼットの中に隠れ、その後宮廷からの脱出を試みた。だが、結局反乱軍に見つけられて広場に引き出されてしまう。そこを待ち構えていたのは、過去に息子や夫を殺されるなど、ヘリオガバルスに恨みを持った町の女達だった。

女性や平民に対して友好的だったヘリオガバルスに親しみを持つ女性市民も多かったが、同時に憎みを抱えた女達も多かったのである。

ーヘリオガバルスは泣いた

この時も女性の服を着ていたヘリオガバルスだったが、女達は彼の服の一部を切り裂き、ペニスを露出させる。ヘリオガバルスはその姿で、無数の女達に町中を突き飛ばされ、引きずり回された。沢山の女達が駆け寄ってきて、石畳にうずくまるヘリオガバルスに蹴りを入れる。兵士たちは自らは手を下さず、町の女達が復讐に群がる様を無表情で見守った。

ヘリオガバルスは女達に罵声を浴びせかけられ、美しく伸びていた髪も無残に切られた。ヘリオガバルスは泣いた。女達の何人かは挑発するかのように、彼の顔の前に女性器を突き出した。彼を男湯に放り込んで、ずぶ濡れになった惨めな姿を皆で嘲笑った。女達はヘリオガバルスにありとあらゆる辱めを容赦なく行った。

母親のソエミアスはその光景を見て心がはり裂けた。泣き喚きながら、息子にすがり付いて、彼のために命乞いをした。ヘリオガバルスも必死に懇願した。だが最後には兵士にペニスを切り取られ、そして殺された。母親ソエミアスも同時に殺害された。

民衆の怒りはまだ収まらなかった。「目には目を」というやつだろう。ペニスを切り取られたヘリオガバルスの遺体は、裸のまま馬に乗せられ、市中を引き回された。晒し者になった後、彼の遺体は首を切り落とされ、そして川へ捨てられた。人々の激しい憎悪の対象となったこのローマ皇帝の人生は、18歳という短い幕を閉じた。

これはトランスジェンダーや性同一障害についての話題のようで、そうではない。話の本題は正誤の境界線がどこにあるか、そして誰がそれを示すか、についてなのだ。

ヘリオガバルスの性格は生まれつき特異なものだったかもしれない。だが、母親と祖母が成長と教育をきちんと管理し、人間としてのしつけと愛情を与えていたら、民衆の無意味な死は避けることができただろう。

政治的野心はやけに大きいくせに、彼女達はそれをしなかった。もししていたら、ヘリオバルガスがこのような死に方をする事もなかったはずなのに。

そして話に父親の存在を全く感じないのも異様である。自分の子供である皇帝のあり方をどう思ったか。父親は元老院の議員としてヘリオガバルスに近い場所にいたはずである。だが、ヘリオガバルスは父親の不在をとがめず、父親について悪くいう事は決してなかったと言われる。

ー愛を渇望した魂

こういうエピソードが残っている。ヘリオガルバスは奴隷の夫ヒエロクレスに「妻」として甲斐甲斐しく仕えたが、同時に裏では浮気を重ねていた。

夫のヒエロクレスはヘリオガバルスの浮気を知ると、激怒し、人前でも構わず、ヘリオガバルスに度々平手打ちをした。人々は仰天しただろう、一体どこの世界で皇帝が奴隷に殴られると言うのか。だが、床に倒れたヘリオガバルスは涙を浮かべていた。喜びの涙だった。彼はヒエロクレスの嫉妬の中に、打たれた痛みの中に、自分を殴った相手から真の愛情を、初めて感じたからなのだという。

こんな話だって「マゾの戯言」と片付けてしまえばそれまでであろう。ヘリオガバルスの愛は奇妙なものだった。彼の残虐さと変態性は否めない。それらがヘリオガバルスという存在を更に特異で複雑なものに見せている。

これはローマのカピトリーノ美術館に所蔵されているヘリオガバルスの頭像である。幼さを残したこの顔立ちから話のような残虐性までは想像もつかないけれど、どこか暗い影があるように見えるのは、これも「撮影」のされ方だろうか。

ヘリオガバルスは愛されたかった。それがおそらく、彼がこの世で唯一渇望したものだった。そしてそれは決して彼の手に入らなかった。奇行として語られる数々の逸話の裏には、誰からも理解されずに愛を渇望する、孤独な魂があった。

参考:
https://historyten.com/roman/elagabalus-facts/

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