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鼠椅子 Flying with Jayson & Caddy Vol. 1

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パートナーのジェイソン、そして愛犬キャディラックとの
ウララカな(わけがない)日々を綴るコーナー。
第一回は「鼠椅子」。

私達が住んでいるサウス・ブロンクスは、かつてアメリカ全土でも有数の凶悪地帯として知られていた。だがマンハッタンへの利便性もありここ2、3年の間に急速に開発が進んだ今後注目のエリアである。スピークイージー、洒落たレストランや本屋などが、ブルックナー・アベニューやアレキサンダー・アベニュー沿いに続々とオープンし始めている。

だが、2021年はコロナ禍でゴミ収集が滞ることも多く、アパート前のストリートでネズミの問題が悪化。通りのゴミの集積から逃げ出していくネズミを度々見るようになった。

連れ合いのジェイソンはネズミが全くダメである。ネズミを見かければ、歩道であろうと駅のプラットフォームであろうと、叫びながら走り出す。一方、日本人の自分はネズミにはあまりビビらない。

日本ではネズミを見ることが余りないし、恐怖感が育っていないのか。もしくは小学校の教室で飼ったハムスターとほとんど変わらないネ、という感覚か。

だが、遂に私達のアパートにもネズミが出始めた。このビルには4年ほど住んでいるが、私達のユニットにネズミが出るのはこれが初めて。ジェイソンは夜中にオーブンの下へ潜り込むネズミを目撃し、そして朝、キッチンのカウンターの上に糞が残されていたと言うのだ。

フーム。ネズミは一瞬で家族を増やすので、即座の対応が必要だ。私はハードウェアショップへ走り、鼠取り用のネバネバシートをゲット。そしてジェイソンはアマゾンでネズミや虫を近寄らせないという謳い文句のプラグインの装置をオーダー。

レストラン業との関わりが長い私は、鼠取りのコツをプロに聞いたことがある。ネズミは習性として部屋の隅を走るので、走るコース沿いにネバネバシートを仕掛ければ効果的とのことだった。

そして就寝前、私はシートをオーブン近くへ仕掛けておいた。すると翌日、見事に一匹捕まったのである。

捕まった小さな生き物をよく見れば、肌は薄いブルーグレーでなかなかに美しく、黒ゴマのような小さな目玉はツヤツヤと光り、チーチー鳴いている。

ネズミが持つ病原菌は恐ろしいが、この愛らしさを見るとアメリカ人が恐れを持つ対象とは思えない。私はゴキブリの方がよっぽど苦手である。もしゴキブリがネズミの大きさだったら、目の隅に入った途端に私は失神するだろう。

ネズミが張り付いたネバネバシートをジェイソンのほうにヒュゥとかざして、ヒャアと飛び退くのをみて、ゆっくりゴミ袋へいれる。そしてジェイソンが安心した途端に再度ネズミシートを彼の前に突き出す私。

そうして散々ジェイソンを脅した後に、ネズミ入り袋を捨てにビルディング外のゴミ箱へ赴くのだった。

話は戻るが、ネズミはチーチー声に機密情報を込めているのか、一度ネズミが捕まった箇所では別のネズミは決して掛からない。傾向と対策を練りつつ、色々トラップの場所を変え、その後2匹ほど捕まえた。これで大丈夫カナ?と勝手に安心しかけた頃だ。

深夜まじかになるとキッチン裏を走り回るカサコソ音が聞こえてくるようになった。前より大胆な振る舞いだった。問題は解決どころではなく、悪化していたのだ。

ある日私が、ソファに座って夜更かししていると、どこからかチーチー鳴き声がする。オーブンの下から聞こえてくる(のだと思う)が、時々もっと近くから聞こえてくるようにも思える。チーチー声がどこから来るのか、いまいちわからない。

そのうちに、愛犬キャディラックがしきりに私達の私たちの使っているL字型のソファーの匂いを嗅ぐようになった。急にソファに走り寄ってはクッションの溝などに鼻を突っ込み、探偵のように振る舞っている。

このソファはIKEAから購入したもので、シートの下を引き出すとソファベッドになる仕組みだ。引き出した途端にジェイソンがギョッとしている。引き出したベッドの片隅に、キャディラックが食べ残した、数え切れないほどのおやつが並べられていた。それも一列に。

ジェイソンはショックで言葉も出ない。江戸川乱歩の小説に人間椅子というのがあるが、我が家のソファは知らぬまに「人間椅子」ならぬ「鼠椅子」になっていたのである。ネズミたちはキャディラックの残したおやつを盗み、我らがソファをその隠し場所として使っていたのだ。

もう待てない。ある日、私達は意を決した。ホリデー・シーズンゆえ、管理人の即座の対応は期待できなかった。キッチン裏に答えがある、と踏んだ私たちはオーブンとディッシュウォッシャーを自分たちで移動させる。次は冷蔵庫。マスクをした私が隙間に潜り込んで、見つかる限りの穴をとにかくスチールウールで塞いだ。

キャディラックは近いてきて、クンクン辺りの匂いを嗅いでいる。そして「まだいる」と一言だけ口にして、何処かへ行ってしまった。

だが、それから暫くすると、私達はネズミを見なくなった。

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